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京都地方裁判所 昭和40年(ワ)706号 判決 1966年3月09日

原告 谷口新一

被告 塩貝駒次郎

主文

被告は原告に対し、三万円を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

この判決第一項は、仮りに執行することができる。

事実

原告は、「被告は原告に対し、二七万円を支払え。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は昭和三八年九月当時は京都府船井郡日吉町生畑に住んでいたが、同月二九日午前九時頃神戸の知人方に持参すべく松茸を買入れて所持していたのを、被告は原告が他人の松茸山から盗んだとして駐在所に電話通報した。そのため原告は殿田駐在所に呼び止められ、松茸窃盗の疑いで多衆の面前で取調を受けるにいたった。

二、これがため、原告は信用を失墜し、部落民からは白眼視され、爾来部落に於てはラヂオ、テレビの修理販売の営業も出来なく収入の途も杜絶えて生活にも困るようになり剰さえ、昭和三九年六月一〇日には養家先から迫られて離縁するにいたったのであって、原告の被った有形無形の損害は多大なものがある。これは被告が事実無根の原告を窃盗呼ばわりして駐在所に通報したためで被告の不法行為に因るものであって、被告は原告の被った信用失墜、名誉毀損による損害を賠償すべきである。

三、そこで原告の被った右損害額は、原告がそれ迄ラヂオ、テレビの修理販売業を営み一ヶ月平均四万五千円の収益を挙げていたのに、これが出来なくなり、且離縁の止むなきにいたったことに鑑みると、これを金銭に見積って二七万円を相当とする。よって原告は被告に対し慰藉料二七万円の支払を求める。

と、述べ、被告が当時部落長であったことは知らない、と述べ、立証 ≪省略≫

被告は、「原告の請求を棄却する。」と、の判決を求め、答弁として、被告が原告主張日時原告に松茸窃取の疑いがあるとして駐在所に通報したことはあるが、それは次のような事情からである。即ち被告は当時日吉町生畑部落の部落長をしており、当時部落では頻々として松茸山での松茸の盗難被害が続出し、部落内では恐らく犯人は原告であらうとの専らの風評であった。当日も松茸山を所有しない原告が松茸約一五キロ程を持っていたので窃取した疑いが濃厚に思われたので部落長の責任上、部落民の要望により、駐在所に対し原告に松茸窃取の疑いがあるから注意して貰うよう通報したのである。警察でのその後の原告に対する取調べの結果は知らないが、被告は部落長として、部落内の治安確保に警察に協力するためにしたことであって、被告に於ては何らの責任はない。従って、被告は原告の本訴請求に応ずる義務はない。と述べ、立証≪以下省略≫

理由

一、被告が昭和三八年九月二九日午前九時頃原告に松茸窃盗の疑いがあるとして駐在所に電話通報したことは、被告に於て認めるところである。

ところで当時の情況を検討することにしよう。≪証拠省略≫を総合すると、被告は昭和三八年四月一日から同三九年三月三一日迄京都府船井郡日吉町大字生畑に於いて生畑区安鳥部落の部落長をしていたものであるが、昭和三八年九月頃は部落の松茸山で松茸の盗難被害が頻発し、部落内では専ら犯人は地元の者であろうと噂し合っていた折柄、同年九月二九日には部落内に葬式があって部落民が多数集っていたところ、丁度一〇〇米位はなれた道路上を自転車に松茸を積んで原告が通り掛かったので集った部落民は勿論、被告も共々、これはてっきり原告が松茸を盗んで部落外へ運んでいるものと思い、部落長である被告が右部落民を代表して殿田駐在所に電話で原告が松茸を持って出たから取調べて欲しい旨通報した。そこで殿田駐在所では丁度小原正好巡査が不在であったので、同巡査の妻が国鉄殿田駅前の保野田駐在所の長沢巡査にその旨連絡し、更に長沢巡査は原告の顔を知らないので、原告をよく知っている五ヶ荘駐在所の坂本重治巡査に連絡したため、原告が殿田駐在所の前を通りかかったとき呼止められて松茸窃盗の疑いで右長沢、坂本並に間もなく帰って来た小原の三名の巡査の取調べを受けた。ところが原告が持参の右松茸は原告が世木農業協同組合から買ったものでその時原告はその代金の領収書を持っていたし、又駐在所からの右組合の事務所への電話照会の結果とも一致したので原告に対する右松茸窃盗の疑いが晴れて原告は放免されたこと、を認めることができる。右認定の事実からすると、被告には部落長として責任はあるにしても、いやしくも他人に窃盗の疑いを抱いて警察に通報するには、それなりの根拠があっての上で、でなければならないことは言うまでもなく、他人の人格を傷つけるような窃盗の疑いを以って警察に通報するが如きは軽々にすべきではないのであって、この点被告の右認定の行為は、当時部落内に松茸盗難被害が続出していたこと、原告が松茸を持って通ったこと、部落内では犯人は部落内のものらしい、と言う噂であったこと、を以って直ちに原告にその疑いをかけたのであるから、原告に対する不法行為と言わねばならない。もっとも証人西藤由兵衛の証言では、当時原告は時折出所を明かにしない松茸を家に持帰ることがあったと言うのであり、このことを被告も当時の養父西藤由兵衛から聞いていたことを右西藤証人の証言及び被告本人尋問の結果から窺いうるところであるばかりでなく、更に原告本人尋問の結果によると原告は当時すでに所謂前科があったこと、しかしその前科は恐喝、暴行等であって窃盗の前科はなかったこと、を認めうるが、これらのことがあったからと言って、被告が原告に窃盗の疑いをかけて通報したことは軽卒のそしりを免れずその行為に対する責任を負わねばならない。

二、そこで被告の右不法な通報によって窃盗容疑者として警察の取調べを受けるにいたったことにより、原告が信用を失い名誉を傷けられたことは明かであって、被告はこれを賠償しなければならないことは当然である。

≪証拠省略≫によると、原告は大正一一年鳥取県下に生を受け家庭の都合で小学校二年を終えただけであるが、長じて川西航空会社に勤め、昭和一七年入隊し、今次大戦にはサイパン島に迄転戦し、昭和二一年所謂サイパン生残りの兵として復員して、後は電気器具店の店員或はその修理販売業をしたりしていたが、縁あって前記日吉町生畑の西藤由兵衛の婿養子となったこと、養子となってからも、テレビ、ラヂオ等の修理販売業をしていたこと、前認定のように前科のあること、昭和三八年一〇月五日恐喝、暴行、詐欺等で逮捕され現在服役中であって、その後養家先から迫られて離縁したこと、等を認めることができる。これらの事実を考慮すると、原告の受けた信用名誉の失墜による精神的損害は慰藉料三万円を以って賠いうるものとするのが相当である。

三、よって原告の本訴請求は三万円の慰藉料を求める範囲に於ては正当として認容すべきであるが、その余は理由がないから棄却すべきである。よって民事訴訟法第九二条第九五条第一九六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 喜多勝)

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